竹久夢二は「宵待草」の作詞もしていたのです。作曲は、多 忠亮(おおの ただすけ)。
小説は、主人公が美青年にからかわれます。 そして4には、いよいよ美しい女性が登場します。
その三
「君! 僕一つ君に面白いことを尋ねて見ようか」
「え……」
「軌道なしに走る汽車があるだろうか」
「そんな汽車が出来たのですか」
「日本にあるのさ」
「どこに」
「東京から青森まで行く間にちょうど、一里十六町ばかり、軌道なしで走るところがあるね」と言い切ったが香のいい巻煙草の煙をフッと吹いた。
私は何だか自分がひどく馬鹿にされたような気がしてむっとした。陰欝な、沈みがちな私はまた時として非常に物に激しやすい、卒直な天性を具えている。
「冗談でしょう、僕はまた真面目にお話ししていましたよ」私は成人らしい少年だ、母と叔父の家に寄寓してから、それはもう随分気がね、苦労の数をつくした。母は人にかくれてまだうら若い私の耳にいたましい浮世話を聞かせたので、私は小さき胸にはりさけるような悲哀を押しかくして、ひそかに薄命な母を惨んだ、私は今茲十八歳だけれども、私の顔を見た者は誰でも二十五六歳だろうという。
「君怒ったのか、よし、君がそんなことで怒るくらいならば僕も君に怒るぞ。もし青森までに軌道なしで走るところが一里十六町あったらどうするか」声はやや高かった。
「そんなことがありますか!」私は眼をみはって呼気をはずませた。
「いいか、君! 軌道と軌道の接続点におおよそ二分ばかりの間隙があるだろう、この間下壇の待合室で、あの工夫の頭に聞いたら一哩にあれがおよそ五十ばかりあるとね、それを青森までの哩数に当てて見給え、ちょうど一里十六町になるよ、つまり一里十六町は汽車が軌道なしで走るわけじゃあないか」
私はあまりのことに口もきけなかった、大槻が笑いながら何か言おうとした刹那、開塞の信号がけたたましく鳴り出した。