夢二の絵は、「ねむの木」口絵。
小説は、千代子の生い立ち、大鳥神社。

夢二25

その六
岡田の話では高谷千代子の家は橋を渡って突き当りに小学校がある、その学校の裏ということである。それを尋ねて見ようというのではないけれども、私はいつとはなしに大鳥神社の側を折れて、高谷千代子の家の垣根かきねに沿うて足を運んだ。
はるかに火薬庫の煙筒は高く三田村の岡をいて黄昏たそがれの空に現われているけれども、黒蛇のような煤煙はもうやんでしまった。目黒川の対岸むこう、一面の稲田には、白いもやが低く迷うて夕日が岡はさながら墨絵を見るようである。
私がさる人の世話で目黒の停車場ステーションに働くことになってからまだ半年には足らぬほどである。初めて出勤してその日から私は千代子のあでやかな姿を見た。千代子はほかに五六人の連れと同伴いっしょに定期乗車券を利用して、高田村の「窮行きゅうこう女学院」に通っているので、私は朝夕、プラットホームに立って彼女を送りまた迎えた。私は彼女の姿を見るにつけて朝ごとに新しい美しさを覚えた。
世には美しい人もあればあるもの、いずくの処女おとめであるだろうと、私は深く心に思うて見たがさすがに同職なかまに聴いて見るのも気羞かしいのでそのままふかく胸に秘めて、毎朝さまざまの空想をめぐらしていた。
ある日のこと、フトした機会はずみから出札の河合が、千代子の身の上についてややくわしい話を自慢らしく話しているのを聞いた。彼は定期乗車券のことで毎月彼女と親しくことばを交すので、長い間には自然いろいろなことを聞き込んでいるのであった。
千代子は今茲ことし十七歳、横浜で有名な貿易商正木なにがしの妾腹に出来たものだそうで、そのめかけというのは昔新橋で嬌名の高かった玉子とかいう芸妓げいしゃで、千代子が生まれた時に世間では、あれは正木の子ではない訥弁とつしょうという役者の子だといううわさが高く一時は口の悪い新聞にまでもうたわれたほどであったが、正木は二つ返事でその子を引き取った。千代子はその母の姓を名乗っているのである。
千代子の通うている「窮行女学院」の校長の望月貞子というのは宮内省では飛ぶ鳥も落すような勢力、才色兼備の女官として、また華族女学校の学監として、白雲遠き境までもその名を知らぬ者はないほどの女である。けれども冷めたい西風は幾重の墻壁しょうへきを越して、階前の梧葉ごようにも凋落ちょうらくの秋を告げる。貞子の豪奢ごうしゃな生活にも浮世の黒い影は付きまとうて人知れず泣く涙は栄華の袖にかわく間もないという噂である。この貞子が世間に秘密ないしょで正木某から少からぬ金を借りた、その縁故で正木は千代子が成長するに連れて「窮行女学院」に入学させて、貞子にその教育を頼んだ。高谷千代子は「窮行女学院」のお客様にあたるのだ。
いやしい女の腹に出来たとはいうものの、生まれ落ちるとそのままいまの乳母の手に育てられて淋しい郊外に人となったので、天性うまれつき器用な千代子はどこまでも上品で、学校の成績もよく画も音楽も人並み優れて上手という、乳母の自慢を人のいい駅長なんかは時々聞かされるということであった。
私は始めて彼女のはかない運命を知った。自分ら親子の寂しい生活と想いくらべて、やや冷めたい秋の夕を、思わず高谷の家の門のほとりに佇んだ。洒然さっぱりとした門の戸は固くとざされて、竹垣の根には優しい露草の花が咲いている。

白柳秀湖「駅夫日記」その6
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2 thoughts on “白柳秀湖「駅夫日記」その6

  • 2008年4月18日 at 4:56 PM
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    「駅夫日記」がその6までになっていてびっくり。
    あわてて全部読みました。 ルビがふってあるのがいいわね。
    本来の漢字の読みと違う読みをさせたりして作者の意図が見え、
    興味深いわ。

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  • 2008年4月18日 at 10:45 PM
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    はぁーい 読んでくれてありがとう!
    こちらもブログ作りながら、ハラハラドキドキしています。
    次は、どうなるのでしょうね?

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