銀座でお買い物

6月19日(木)


旅行中に足を挫いてしまい、そろそろ日常はヒールを止めて、スニーカーをと思い、いつもスッキリ履きこなしている
太極拳の先生に聞いてみたら、〝これ『アディダス』〟と自分のスニーカーを履かせてくれました。〝ほら銀座の『ファンケル』の近くにあるわよ!チョッと行くと『シャンハイ・タン』もあるし〟と言うわけで直ぐ次の日に行きました。
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 シャンハイ・タンのシルクのブラウス       アディダスのスニーカー

う~ん全然合わない取り合わせですね。ブラウスには何か光沢のあるパンツが必要。
スニーカーには、カジュアルな・・・。
課題が残ります。
☆ シャンハイ・タン 銀座    東京都中央区銀座5-6-16
TEL: 03-3569-8801

東京フィルハーモニー定期演奏会

6月13日(金)        東京フィルハーモニーサントリー定期演奏会
ダンー4
 ダン・エッティンガー

ワーグナー/歌劇「タンホイザー」序曲
シューベルト/さすらい人幻想曲(リスト編)
~休憩~
リスト/ファウスト交響曲
指揮/ダン・エッティンガー
ピアノ/小川典子
テノール/成田勝美
合唱/新国立劇場合唱団
コンサートマスター/荒井英治
先ず、指揮者のダン・エッティンガーさん金髪で背が高くガッチリして、まるでアニメのヒーローのようです。
数十分の休憩時にも着替えて、次の70分以上の「ファウスト交響曲」のためにリラックスしていると言っていました。

シューベルトのピアノソロ曲「さすらい人幻想曲」があまりにも難しいので、リストがオケ用に編曲した。
小川さんこの曲初めてなのよと言いながらも、見事でした。
多分アンコールは、予定していなかったのでしょうが、エッティンガーさんの強い要望で、「ラ・カンパネラ」
彼女のテーマ曲です。
〝皆帰りが遅くなっちゃうじゃない、でも神業、速く弾かなきゃ、でも神業〟なんて感じかしら。
エッティンガーさんのリスト「ファウスト交響曲」身体と同じようにガッチリして、飽きさせません。そしてアニメのヒーローのようによく動きます。
本当、面白かった。

晴海のお祭り演奏会 ボロメーオ・ストリング・クァルテット

6月8日(日)

ボロメーオー11
晴海、第一生命ホールでのボロメーオ・ストリング・クァルテット演奏最終日です。

曲目
シューベルト/弦楽四重奏曲第12番「四重奏断章」
シューマン/弦楽四重奏曲第1番作品41-1
~休憩~
メンデルスゾーン/弦楽八重奏曲
クァルテット・エクセルシオ
ボロメーオ・ストリング・クアルテット
このフェスタ全6日の内、4日間を聴きました。
今日は、初めのシューベルトと最後の八重奏は、エクセルシオが参加です。
この4人とても印象的で、
ニコラス・キッチンさん Vn1 : ゴールドベルクさんからのグァルネリが響きます。
クリストファー・タンさん Vn2:  タンさん何処の国でしょうか?表情が面白い。
元渕 舞さん Va    日本の関西の人らしい体格も音も大きくて厚味があります。
イーサン・キムさん Vc  韓国の人、大好きなチェロの音です。深みがあって憂いがあって。
そして、演奏が終わるとホワイエにそれぞれの子供たちが集まってきます。
舞さんのお子さんは、ご主人が欧米系かなと思われる顔。
キムさんのお子さんは少し大きくてやはりご主人は、欧米系かなと思われる顔。
二人とも可愛い男の子。
あと面白いのが、エクセルシオのチェロの大友さん、大友さんをそのまま小さくしたような男の子が3人
お手伝いをしていました。
帰りに、晴海トリトンの雑貨屋さんで、傘を買い梅雨に備えます。
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築地・月島あたりもお祭り。
品川神社もお祭り。
この演奏会もお祭り(フェスタ)。
次はいつ 『ボロメーオ』 に会えるのかな?

あら まあ 大変!「駅夫日記」

夢二の絵、「駅夫日記」口絵より 目黒村            「駅夫日記」口絵より プラットホーム
夢二52 夢二51
「駅夫日記」最後の最後に蛇窪村が出てきて面白い。
でもでも嘘のような本当の話は、これからなんですね!
読み返される人は、カテゴリーで、「小説」を押してください。
「駅夫日記」その6 高谷千代子の通っていた「窮行女学院」というのは今の「実践女子学園」、
「華族女学校」というのは今の「女子学習院中等部」、校長の望月貞子というのは、歌人で、校長の下田歌子。
作者は、本当にその少女に恋をしたらしい。
そして法学士と結婚することになった彼女に迷惑がかからない様にと、見たこともない高谷千代子と言う、同じ女学校を卒業した当時芸妓をしていた人の実名を書いた。
千代子と言う芸妓は、この小説のためにとんだ売れっ子になって、世間から騒がれた。
一方で、法学士と結婚した彼女は、あまり幸福ではなかったらしい。「駅夫日記」が単行本として世にでたころには、一人男の子がいたにもかかわらず、家出をして千代子の住んでいた所に逃げ込み、離婚が成立した頃に、芸妓として花柳界に出たと言う。
これ本当の話「新興文学全集」第9巻に作者自身が書いています。

白柳秀湖「駅夫日記」その25

夢二の絵は、セレナーデ 楽譜。

夢二50

その二十五
品川の海はいま深い夜のもやに包まれて、愛宕山あたごやまに傾きかけたかすかな月の光が、さながら夢のように水の面を照している。水脈みおいましめる赤いランターンは朦朧ぼんやりとあたりの靄に映って、また油のような水に落ちている。
四月一日午後十一時十二分品川発下の関直行の列車に乗るために小林浩平と私は品川停車場のプラットホームに、新橋から来る列車を待ちうけている。小林は午後三時新橋発の急行にしようと言うたのを、私は少し気がかりのことがあったので、強いてこの列車にしてもろうた。
「もう十五分だ」と小林はポケットから時計を出して、角燈ランプの光に透かして見たが、橋を渡る音がしてやがてプラットホームに一隊の男女が降りて来た。
私たちの休んでいる待合の中央の入口から洋服の紳士が、靴音高く入って来た。えならぬ物のかおりがして、花やかなすそ灯影ほかげにゆらいだと思うとその背後から高谷千代子が現われた。
言うまでもなく男は蘆鉦次郎だ。
見送りの者は室の外に立っている、男は角燈の光に私たちの顔を透かして突き立ったが、やがて思い出したと見えて、身軽に振り向くとフイとプラットホームに出てしまった。
はたして彼は私たちを覚えていた。
取りのこされた千代子は、ややうろたえたがちょいと瞳を私にうつすと、そのまま蘆の後を追ってこれもプラットホームに出る。佳人の素振りはかかる時にも、さすがに巧みなものであった。
「見たか?」と小林はニッコリ笑って私の顔をのぞいたが「にらんでやったぞ!!!」と言う。私はさすがに見苦しい敗卒であった。よもや蘆がこの列車に乗ろうとは思わなかった、この夜陰に何という新婚の旅行だろう、私はあらゆる妄念の執着を断ち切って、新しい将来のために、花々しい戦闘の途に上る、その初陣ういじんの門出にまでも、怪しい運命の糸につき纏われて、恨み散り行く花の精の抜け出したような、あのひとの姿を、今ここで見るというのは何たることであろう。
潮が満ちたのであろう、ゆるく石垣に打ち寄せる水の音、恐ろしい獣が深傷ふかでにうめくような低い工場の汽笛の声、さては電車の遠く去り近く来たるとどろきが、私の耳には今さながら夢のように聞えて、今見た千代子の姿が何となく幻影のように思いなされた。
「おい、汽車が来たようだよ」という小林の声に私は急いで手荷物を纏めてプラットホームに出た。
いつの間に来たのか乗客はかなりにプラットホームに群れている。蘆の姿も千代子の姿もさらに見えない、三等室に入って窓の際に小林と相対あいむかってすわった。一時騒々しかったプラットホームもやがて寂寞ひっそりとして、駅夫の靴の音のみ高く窓の外に響く、車掌は発車を命じた。
汽笛が鳴る……
煙の喘ぐ音、蒸汽の漏れる声、列車は徐々として進行をはじめた。私はフト車窓から首を出して見た。前の二等室から、夜目にも鮮やかな千代子の顔が見えて、たしかに私の視線と会うたと思うと、フト消えてしまった。
急いで窓を閉めて座に就くと、小林は旅行鞄の中から二個ふたつの小冊子を出して、その一部を黙って私に渡した。スカレット色の燃えるような表紙に黒い「総同盟罷工ゼネラルストライキ」という文字が鮮やかに読まれた。小林の知己しりびとでこのごろ政府からひどく睨まれている有名な某文学者の手になった翻訳である。一時京橋のある書肆しょしから発行されるという評判があって、そのまま立消えになったのが、どうしたのか今配布用の小冊子になって小林の手にある。巻末には発行所も印刷所も書いてない。
汽車は今追懐おもいでの深い蛇窪村の踏切を走っている。
(駅夫日記終)

白柳秀湖「駅夫日記」その24

夢二の絵は、春潮 楽譜。

小説は、蓮華、鷺草、きんぽうげ、鍬形草、高谷千代子の結婚。
夢二49

その二十四
四月一日私はいよいよ小林浩平に伴われて門司へ立つのだ。三月十五日限り私は停車場ステーションをやめて、いろいろ旅の仕度に忙わしい。たとえば浮世絵の巻物をひろげて見たように淡暗い硝子の窓に毎日毎日映って来た社会のあらゆる階級のさまざまな人たち、別離わかれと思えば恋も怨みも皆夢で、残るのはただなつかしい想念ばかりである。森も岡も牧場も水車小屋も、辛い追懐おもいの種ばかり、見るに苦しい景色ではあるけれど、これも別離と言えばまた新しい執着を覚える。
旅の支度も大かた済んだ。別離の心やみがたく私は三月二十八日の午後、権之助坂を下りてそれとはなしに大鳥神社の側の千代子の家の垣に沿うて、橋和屋という料理屋の傍から大崎の田圃たんぼに出た。
蓮華げんげ鷺草さぎそう、きんぽうげ、鍬形草くわがたそう、暮春の花はちょうど絵具箱を投げ出したように、曲りくねった野路を飾って、久しい紀念おもいでの夕日が岡は、遠く出島のように、メリヤス会社のところに尽きている。目黒川はその崎をめぐって品川に落ちる、その水のよどんだところを亀の子島という。
大崎停車場は軌道の枕木を黒く焼いて拵えたあらっぽいさくで囲まれている。その柵の根には目覚むるような苜蓿クロバーの葉が青々と茂って、白い花が浮刻うきぼりのように咲いている。私はいつかこの苜蓿の上に横たわって沈欝な灰色の空を見た。品川発電所の煤煙が黒蛇のように渦まきながら、亀の子島の松をかすめて遠い空に消えて行く、私はその煙の末をつくづくと眺めやって、私の来し方のさながら煙のようなことを思うた。
遠くけたたましい車輪の音がするので振り返って見ると、目黒の方からほろをかけた人力車が十台ばかり、勢いよく駆けて来る。雨雲の低く垂れた野中の道に白い砂塵が舞い揚って、青い麦の畑の上に消える。車は見る見る近づいて、やがて私の寝ている苜蓿の原の踏切を越えた。何の気もなく見ると、中央まんなか華奢きゃしゃな車に盛装した高谷千代子がいる。地が雪のようなのに、化装よそおいらしたので顔の輪廓が分らない、ちょいと私の方を見たと思うとすぐ顔をそむけてしもうた。
佳人の嫁婚!
油のような春雨がしとしとと降り出した。ちょうど一行の車が御殿山の森にかくれたころのことである。
翌日私の下宿に配達して行った新聞の「花嫁花婿」という欄に、工学士鉦次郎しょうじろうの写真と、高谷千代子の写真とが掲載されて、六号活字の説明にこんなことが書いてあった。

工学士蘆鉦次郎氏(三十五)は望月貞子の媒酌ばいしゃくにて窮行女学院今年の卒業生中才色兼備の噂高き高谷千代子(十九)と昨日品川の自宅にて結婚の式を挙げられたり。なお同氏は新たに長崎水谷造船所の技師長にへいせられ来たる四月一日新婚旅行を兼ね一時郷里熊本に帰省せらるる由なり。

蘆鉦次郎――高谷千代子――水谷造船所――四月一日、私はしばらく新聞を見つめたまま身動きも出来なかったが、私の身辺に何か目に見えない恐ろしい運命 の糸が纏いついているような気がして、われ知らず手を伸べて頭の髪を物狂わしきまでに掻きむしると、その手で新聞をビリビリと引き裂いてしまった。

白柳秀湖「駅夫日記」その23

夢二の絵は、春の鳥 口絵。

小説は、稲荷坂、木瓜の花と菫の花。

夢二45-1

その二十三
二十歳はたちの春は来た。
停車場ステーションもいつの間にか改築される、山の手線の複線工事も大略あらまし出来上って、一月の十五日から客車の運転は従来これまでの三倍数になった。もうこれまでのようにのんきなことも出来ない、私たちの仕事は非常に忙しくなって来た。
鉄道国有案が議会を通過して、遠からず日鉄も官営になるという噂は、駅長の辞意をいよいよ固くした。
私は仕事の忙しくなったことをむしろ歓んで迎えた。前途ゆくさき期待まちもうけのある身に取っては物思う暇のないほど嬉しいことはない、一月も二月も夢のように過ぎて、南郊の春は早く梅もうぐいすもともに老いた。
佳人の噂はとかく絶える間もない、高谷千代子は今年『窮行女学院』を卒業するとすぐ嫁に行くそうだという評判は出札の河合を中心としてこのごろ停車場の問題である。
「女というものは処女むすめの うちだけが花よ、学校にいればまた試験とか何とかいうて相応に苦労がある、マア学校を卒業して二三年親のところにいる間が女としては幸福な時だね、学校を 卒業するとすぐお嫁にやるなんて乳母も乳母だ、あんまり気が利かな過ぎるじゃあないか」生意気な河合はちょうど演説でもするようにしゃべる。
「ヒヤヒヤ、二三年目黒にいて時々停車場へ遊びに来るようだとなおいいだろう」と柳瀬という新しい駅夫が冷かすと、岡田が後へついて「柳瀬なんぞは知るまいがこれには深い原因わけがあるのだね、河合君は知っているさ、ねえ君!」
「藤岡なんぞあれで一時大いにふさぎ込んだからね」と私の方を見て冷笑する、私は思わず顔をあからめた。
姿なり、いでたちなり、婦人おんなというものはなるたけ男の眼をきつけるように装うてそれでやがて男の力によって生きようとするのだ。男の思いを惹こうとするところに罪がある。それは婦人が男によって生きねばならぬ社会の罪だ。罪は罪を生む。私たちのように汚れた、疲れた、羞かしい青年はむなしく思いを惹かせられたばかりで、そこに嫉妬が起る、そこに誹謗そしりが起る、私は世の罪を思うた。
*    *    *
三月十八日は高谷千代子の卒業日、私は非番で終日長峰の下宿に寝ているつもりであったけれども、何となく気が欝いでやるせがないので、家を出るとそのまま多摩川の二子ふたこの方に足を向けた。木瓜ぼけの花とすみれの花とが櫟林の下に咲き乱れている。そのまばらな木立越しに麦の畑が遠く続いて、菜の花の上に黒ずんだ杉の林のあらわれたところなど、景色も道も単調ではないけれど、静かな武蔵野の春にわれ知らず三里の道を行き尽して、多摩川の谷の一目に見渡される、稲荷坂いなりさかに出た。
稲荷坂というのは、もと布哇はわい公使の別荘の横手にあって、坂の中ほどに小さい稲荷のほこらがある。社頭から坂の両側に続いて桜が今を盛りと咲き乱れている。たまさかの休暇を私は春の錦という都にそむいて思わぬところで花を見た。祠の縁に腰をかけて、私はここで「通俗巴里一揆物語」の読みかけを出して見たが、何となく気が散って一ページも読むことが出来なかった。私は静かに坂を下りて、岸に沿うた蛇籠じゃかごの上に腰かけて静かに佳人の運命を想い、水の流れをながめた。
この一個月ばかり千代子はなぜあんなに欝いでいるだろう、汽車を待つ間の椅子ベンチにも項垂うなだれて深き想いに沈んでいる。千代子の苦悩は年ごろの処女が嫁入り前に悲しむという、その深き憂愁うれいであろうか。
群を離れた河千鳥がみぎわに近く降り立った。その鳴き渡る声が、春深いかすみに迷うて真昼の寂しさが身に沁みるようである。

白柳秀湖「駅夫日記」その22

夢二の絵は、暮笛 口絵。

夢二48のコピー

その二十二
「いい成仏じょうぶつをしろよ!」と小林の差図で工夫の一人がショーブルで土を小さい棺桶の上に落した。私はせめてもの心やりに小石を拾って穴に入れる。黙っていた一人がこんどは横合いから盛り上げてある土をザラザラと落したので棺はもう大かた埋もれた。
小坊主が、人の喉を詰まらせるような冷たい空気にむせびながら、鈴を鳴らして読経をはじめた。
小林は洋服のまま角燈を提げて立っている。
私が変死した少年のことについて小林に話すと、彼は非常に同情して、隧道トンネルの崩れたのは自分の監督が行き届かなかったからで、ほかに親類みよりがないと言うならば、このまま村役場の手に渡すのも可憐そうだからおれが引き取って埋葬してやるというので、一切を引き受けて三田村の寂しい法華寺ほっけでらの墓地の隅に葬ることとなった。もっともこの寺というのは例の足立駅長の世話があったのと、納豆売りをしていた少年の母のことを寺の和尚おしょうが薄々知っていたのとで、案外早く話がついて、その夜のうちに埋葬してしまうことになったのだ。
今夜はいつになく風が止んで、墓地と畑の境にそそり立ったはんの梢が煙のように、え渡る月をいて物すごい光が寒竹のやぶをあやしく隈どっている。幾つとなく群立った古い石塔の暗く、またあかく、人の立ったようなのを見越して、なだらかな岡が見える。その岡の上に麦酒ビール会社の建築物が現われて、黒い輪廓りんかくがあざやかに、灰色の空を区画くぎったところなど、何とはなしに外国とつくにの景色を見るようである。
むせぶような、絶え入るような小坊主の読経は、細くとぎれとぎれに続いた。小林監督は項垂うなだれて考え込んでいる。
*    *    *
「工事が済み次第行くつもりだ、しばらくあっちへ行って働いて見るのも面白かろう、同志なかまはすぐにも来てくれるようにと言うのだけれど今ここを外すことは出来ない、それに正軌倶楽部の方の整理しまつもつけて行かなけりゃあ困るのだから、早くとも来年の三月末ころにはなるだろうな」
「そうなれば私も非常に嬉しいのです。停車場の方もこのごろはつくづく嫌になりましたし、なるたけ早く願いたい方です」と私は心から嬉しく答えた。
「駅長も来年の七月までということだし、それにあっちへ行けば、同志の者は僕を非常に待っていてくれるのだから、君も今より少しはいい位置が得られるだろうと思う、かたがた君のためにはマア幸福かも知れない」
「足立さんも満足して下さるでしょう」
「あの男も実に好人物だ、郷里くにの小学校にいた時分からの友達で、鉄道に勤めるようになってからもう二十年にもなるだろう、もう少し覇気はきがあったなら相当な地位も得られたろうに、今辞職しちゃ細君もさぞ困るだろう」
二人は話しながら、月の光を浴びて櫟林くぬぎばやしの下を長峰の方にたどった。冬の夜は長くまだ十時を過ぎないけれども往来には人影が杜絶とだえて、軒燈の火も氷るばかりの寒さである。
長崎の水谷造船所と九州鉄道の労働者間にこんどよほど強固な独立の労働組合が組織されて、突然その組織が発表されたことは二三日前の新聞紙に喧しく報道された。私はその組合の幹部が皆小林監督の同志であって、春を待って私たちがその組合の事業を助けるために門司もじに行かねばならぬということは夢にも思わなかったが今夜小林監督にその話を聞いて、私は非常に勇み立った。
実を言うと私が門司に行くのを喜んだのは一つには目黒を去るということがあるからである。私はこのごろ、馴染なじみの乗客に顔を見られたり、また近処の人にったりすると、何だか「あやつもいつまで駅夫をしているのか」と思われるような気がして限りなき羞恥を覚えるようになって来た。その羞かしい顔をいつまでも停車場にさらして人知れぬ苦悩を胸に包むよりも、人の生血の波濤おおなみのあたり見るような、烈しい生存の渦中に身を投げて、心ゆくまで戦って戦って、戦い尽して見たいという悲壮な希望に満たされていたからである。
私は雨戸を締めるために窓の障子を開けた。月の光は霜に映って、まるで白銀の糸を引いたよう。裏の藪できつねが鳴いた。

晴海の「ハイドン」といちご大福

5月30日(金)
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今日は、晴海の第一生命ホールで、ボロメーオ・ストリング・クアルテットの演奏会があるので、翠江堂にいちご大福を4個予約注文する。
夜7:00頃、いちご大福を受け取ってホール内に入る。
曲目
ハイドン/弦楽四重奏曲第79番ニ長調作品76-5「ラルゴ」
ベートーヴェン/弦楽四重奏曲第3番ニ長調作品18-3
~休憩~
モーツァルト/弦楽五重奏曲第4番ト短調K516
ボロメーオ・ストリング・クァルテット
吉田有紀子(モーツァルトでの第2ヴィオラ)
初めて聴いたハイドンの「ラルゴ」に酔いしれてしまいました。
それで、家に帰ってから食べる翠江堂のいちご大福ハイドンの「ラルゴ」で今日は、一日幸せな気持ちです。
演奏会に関しては、(http://merrywillow.blog35.fc2.com/#717)をご覧下さい。

METライブビューイング@めぐろパーシモンホール

METライブビューイング アンコール上映が、めぐろパーシモンホールで上映されている。
5月26日(月)は、プッチーニ『マノン・レスコー』
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5月29日(木)は、同じくプッチーニ『ラ・ボエーム』を観て来ました。
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両方とも  S席:3500円        13:00~  と 18:00~ の2公演です。
A席:2000円
当日券で十分、それにA席でちゃんと観られます。
5月30日(金)は、ドニゼッティー『連帯の娘』ですが、これは諦めました。
この予告編では、ナタリー・デッセイがとっても魅力的でしたよ!
そして全ての公演に、ルネ・フレミングがインタヴュアーを務めています。
☆ 来シーズンの上映プログラムを貰ったのですが、
2008年9月22日(月) ガラ・コンサート(北米のみ)
2008年10月11日(土) R.シュトラウス『サロメ』
   カリタ・マッティラ
2008年11月8日(土) アダムス『ドクター・アトミック』(MET 初演)
   ジェラルド・フィンリー
2008年11月22日(土) ベルリオーズ『ファウストの劫罰』(新演出)
   マルチェロ・ジョルダーニ、スーザン・グラハム
2008年12月20日(土) マスネ『タイス』(新演出)
   トーマス・ハンプソン、ルネ・フレミング
2009年1月10日(土) プッチーニ『つばめ』(新演出)
   アンジェラ・ゲオルギウ、ロベルト・アラーニャ
2009年1月24日(土) グルック『オルフェオとエウリディーチェ』
ステファニー・ブライス、ダニエル・ドゥ・ニース
2009年2月7日(土) ドニゼッティー『ランメルモールのルチア』
   アンナ・ネトレプコ
2009年3月7日(土) プッチーニ『蝶々夫人』
クリスティーナ・ガリャルド=ドマス
2009年3月21日(土) ベッリーニ『夢遊病の娘』(新演出)
   ナタリー・デッセイ
2009年5月9日(土) ロッシーニ『ラ・チェネレントラ』
エリーナ・ガランチャ
日本上映については、決定次第松竹ホームページ他にて発表するそうです。

仙台へ!

5月21日(水)
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仙台へ行くことになりました。 台風も過ぎて旅行にピッタリのお天気です。 まずは、東京から行くと仙台の少し手前の白石から。
白石は伊達政宗の信頼する家臣の片倉小十郎が大改修をした白石城があって、とっても静かで落ち着いた町です。
今回は、娘が案内役です。     
           白石城                      仙台のマスコットキャラ「むすび丸」くん
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                                              片倉家の家紋は藤と笹
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                       白石城の天守閣から見た景色
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         小十郎温麺(うーめん)             うーめんはそうめんより少し太い
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                    小十郎うーめんは、たっぷりのねぎとごぼう天が入っていてとってもおいしい!
こじゅうろうくんこけしは現代風で、ももちゃソフトと生いちごソフトは果肉がいっぱい。
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24 白石市では、無料で自転車を貸し出していて、ここからは自転車で回ります。
旧小関家武家屋敷                    片倉家の廟所近くの眺望
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       菩提寺 傑山寺一本杉にある片倉小十郎の墓
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仙台駅から列車で30分ばかり、今夜の宿は松島一の坊です。
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夕食は、いたり庵
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突き出しは、もずくの山芋かけ、ほたてのからし味噌、メロンと生ハム、トマトとモッツァレラチェーズ
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                         パスタは、気仙沼産フカヒレのパスタ     洋風茶碗蒸しとサラダ
しめくくりは、穴子の白焼き           ドルチェは、ケーキ類すきなだけ
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5月22日(木) 今日は、暑いくらい・・・。
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松島一の坊で朝食をとってから、みちのく伊達政宗歴史館へ。

スターウォーズのダースベーダーのモデルは伊達政宗の甲冑?DSCF0221.jpg
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みちのくの伊達男は、世界的にセンスがよかったのですね。
でもお客のいない、ろう人形館で人形に見られるのは、怖いものです。
 瑞巌寺                       五大堂
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まだ見てないところは次の機会にしましょう。
お土産は,
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この中で、「味付け朝めしのり」が一番喜ばれました(8つ切り112枚で780円)。
ガラス容器のお菓子は、松島一の坊にしかないものらしくてとってもおいしい!
まだ食べてないものもありますので・・・。
厚切りの牛タンもお~いしかった。
行きの白石で足をくじいてしまい、温泉は諦めましたが、山には藤や桐の花がが真っ盛りで、気持ちのよい旅でした。
特に宮城「おとぎ街道」として売り出し中の白石市周辺は、若者文化をばかに出来ない新鮮な雰囲気を感じました。
「伊達な旅」また行きそうですね。こんどは牡蠣のおいしい頃・・・。

白柳秀湖「駅夫日記」その21

夢二の絵は、楽譜「寄宿舎の古釣瓶」。

夢二39

その二十一
少からず私の心を痛めた、足立駅長の辞職問題は、かの営業所長の切なる忠告で、来年の七月まで思いとまるということになって私はホッと一息した。
物思う身に秋は早くも暮れて、櫟林くぬぎばやしに木枯しの寂しい冬は来た。昨日まで苦しい暑さを想いやった土方の仕事は、もはや霜柱の冷たさをいたむ時となった。山の手線の複線工事も大略あらまし済んで、案の通り長峰の掘割が後に残った。このごろは日増しに土方の数を加えて、短い冬の日脚ひあしを、夕方から篝火かがりびを焚いて忙しそうに工事を急いでいる。灯の影にひらめく得物の光、暗にうごめく黒い人影、ののしり騒ぐ濁声だみごえ、十字鍬や、スクープや、ショーブルの乱れたところは、まるで戦争いくさの後をまのあたり観るようである。
大崎村の方から工事を進めて来た土方の一隊は長峰のもと隧道トンネルに平行して、さらに一個ひとつの隧道を穿うがとうとしている。ちょうどその隧道が半分ほど穿たれたころのことであった。一夜霜が雪のように置き渡して、大地はさながら鉱石あらがねを踏むようにてた朝、例の土方がてんでに異様ないでたちをして、零点以下の空気に白い呼気いきを吹きながら、隧道の上のいつものところで焚火をしようと思ってやって来て見ると、土は一丈もくぼんで、掘りかけた隧道は物の見事に破壊くずれている。
「ヤア、大変だぞ!! こりゃあ危ない!!」と叫ぶものもあれば「人殺しい、ヤア大変だ」と騒ぎ立てる者もある。
「夜でマアよかった、工事最中にこんなことがあろうものなら、それこそ死人があったんだ」
「馬鹿ア言え夜だからこんなことがあったんだ、霜柱のせいじゃあないか」
「生意気なことを言やあがる、手前見たような奴だ、こんなところで押しつぶされる玉は! あんまり強吐張ごうつくばりを言やあがると後生ごしょうがないぞ」
日がさして瓦屋根の霜の溶ける時分には近処の小売屋の女房かみさんも出て来れば、例の子守女も集まって喧しい騒ぎになって来た。監督の命令で崩れた土はすぐ停車場ステーション前の広場に積み上げる、夜を日についでも隧道トンネル工事を進めよというので、土方は朝からいつにない働き振りである。
霜日和しもびよりの晴れ渡ったその日は、午後から鳶色とびいろもやうすくこめて、風のいだ静かな天気であった。午後四時に私は岡田と交代して改札口を出ると今朝大騒ぎのあった隧道のところにまた人が群立って何か事故ことありげに騒いでいる。どうしたのだろう、また土が崩れたのではあるまいか、そうだそれに違いないと独りで決めて見物人の肩越しにのぞいて見ると、土は今朝見たまま、大かた掘り出してちょうど井戸のようになっているばかりで別に新しく崩れたという様子もない。
「どうしたんだい、誰か負傷けがでもしたの」と一人が聞くと、「人が出たんですとさ、人が!」と牛乳配達らしいのが眼を丸くして言う。私は事の意外に驚いたが、もしやと言う疑念が電光いなずまのように閃いたので、無理に人を分けて前へ出て見た。
疑念というのは、土の崩れた中から出た死骸しがいが、フト私の親しんだ乞食の少年ではないだろうか、少年は土方の夜業をして捨てて行ったもえさしにあたるために隧道の上の菰掛こもがけの仮小屋に来ていたのを私はたびたび見たことがあったからである。見ると死骸はもう蓆に包んで顔は見えないけれども、まだうら若い少年の足がその菰の端から現われているので、私はそれがあの少年にまぎれもないことを知った。
ああ、可憐かあいそうなことをした!
どこからともなく襲うて来た一種の恐怖が全身にしびれ渡って、私はもう再びその菰包みを見ることすら出来なかった。昨日まであんなにしていたものを、人間の運命というものは実に分らないものだ。何という薄命な奴だろう、思うに昨夜の寒さをしのぎかねて、焚火の燼の傍に菰を被ったままうずくまっていたところを、急に崩れ落ちて、こんなあさましい最後を遂げたに相違あるまい。
少年の事情はせめて小林監督にでも話してやろう、私は顔をあげて死骸の傍に突っ立っているたくましい労働者の群を見た。薄い冬の夕日が、弱い光をそのあから顔に投げて、猛悪な形相ぎょうそうに一種いいしれぬ恐怖と不安の色が浮んでいる。たとえば猛獣が雷鳴を怖れてそのたてがみの地に敷くばかり頭を垂れた時のように、「巡査おまわりが来た!」
「大将も一しょじゃあないか」「大将が来たぞ!」と土方は口々に囁く、やがて小林監督は駐在所の巡査を伴立つれだってやって来た。土方は言い合わせたように道をあける。